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日本史上のイギリス

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日本史上のイギリス



日本の歴史にイギリスが頻繁に登場し始めるのは、江戸時代の幕末からだ。

黒船来航で有名なペリーにより開国した日本は、当時アメリカよりも強い力を持っていたヨーロッパ諸国に対しても、同様な条件のもとに開国せざるを得なかった。

  日本史上のイギリス サブメニュー
1)日本史上のイギリス
2)留学のススメ
3)生麦事件
4)イギリス公使館焼き討ち事件
5)薩英戦争
6)下関戦争
日本史上のイギリス当初、鎖国の日本を開国させたアメリカが、日本に対して強い影響力を持っていたが、アメリカで南北戦争が始まり、その余波で日本に対しての政策がトーンダウンすると、次第にフランスとイギリスが幕末の日本における主導権を握り始める。

幕末の日本の政情は複雑で、国内的には佐幕(親幕府)か倒幕か、対外的には開国か攘夷(外国人排斥)かという勢力で対立していた。
一般的には佐幕は開国、倒幕は攘夷、と区分できるが、必ずしもこの限りでもない。

この当時でも一部の有識者は、文明の差によるいかんともし難い日本と欧州諸国との力量の差を知っていたし、長年島国で鎖国してきた日本人にとっては、民族の土着的な意識として攘夷的感情が強かった。
幕末簡易年表
1853 6 ペリー、アメリカ東インド艦隊を率い浦賀に来航。
1854 3 日米和親条約調印(神奈川条約)。
  吉田松陰、米軍艦に密航を企て失敗、自首。
8 日英和親条約調印。長崎・箱館開港。
1858 4 井伊直弼、大老就任。
6 日米修好通商条約調印。
7 日英修好通商条約調印
1859 5 オールコック、英国駐日総領事着任。同 11月駐日公使に。
1860 3 桜田門外の変。大老井伊直弼暗殺。
1861 5 品川東禅寺のイギリス公使館を浪士が襲撃。
12 幕府の遣欧使節が出発する。
1862 5 品川東禅寺のイギリス公使館警備中の松本藩士がイギリス兵を斬殺。
8 生麦事件。
  アーネスト・サトウ来日。
9 朝廷、攘夷を決定。
11 幕府、朝廷の攘夷決定に従う。
12 イギリス公使館焼き討ち事件。
1863 3 新撰組結成。
5 長州藩、攘夷期限に基づきアメリカ商船ペムブロークを砲撃。
  長州藩、フランス商船キンシャンを砲撃。
  長州藩、オランダ軍艦メデューサを砲撃。
6 アメリカ軍艦ワイオミング、長州藩に報復。
  フランス東洋艦隊、長州藩に報復。
  高杉晋作、藩に奇兵隊編成を建白する。
7 薩英戦争。
8 八月十八日の政変。長州藩、薩摩・会津藩により京での勢力没落。
9 長州藩士、井上聞多・伊藤俊輔ら、ロンドンに到着。
1864 7 蛤御門の変。長州藩、朝敵に。幕府、長州征伐の命を発する。
8 下関戦争。
  長州藩、高杉晋作を降伏使として四カ国艦隊に和議を申し入れ。
11 長州藩、長州追討の勅命を受け、3家老に自刃を命令。長州藩の実権は佐幕派へ。
12 征長総督徳川慶恕、征討軍撤兵を命令。

1865

1 高杉晋作、馬関で挙兵、長州藩内クーデーター。長州藩の実権は再び尊王派へ。
3 薩摩藩士19名、イギリス留学のため、長崎を出発。
  幕府、長州藩再征討を布告。
  駐日イギリス全権公使ハリー・パークス着任
7 長州藩、幕府の藩主召還令及び支藩主召還令を拒否。
1866 1 薩長同盟、極秘に締結。
6 幕府、長州藩に宣戦布告。
7 徳川家茂病没。
8 長州軍、小倉城陥落させる。 幕府へ征長停止の勅命が下る。
12 徳川慶喜、征夷大将軍となる。 (第15代将軍)
  孝明天皇崩御。
1867 4 高杉晋作病没。
10 大政奉還。
11 坂本龍馬暗殺。
12 王政復古の大号令。
1868 1 戊辰戦争勃発。
  明治天皇即位。
  英米仏蘭伊普6カ国、戊辰戦争に対し局外中立を宣言。
4 イギリス政府、明治新政府を承認。
 
 
 


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