チャールズ・ロバート・ダーウィン(Charles
Robert Darwin)1809-1882
イギリスの自然科学者で、進化論の提唱者
1831年、ケンブリッジ大学で神学と自然科学を学ぶ。その前は当初医者になるべくエディンバラ大学で医学を勉強していたが、麻酔なしの外科手術(怖い・・)を経験して医学が嫌になり、その後ケンブリッジ大学へ転学。
今度は牧師になるべく神学と自然科学を学ぶが、途中で博物学に興味を持ち始め研究を進め、卒業後はイギリス軍艦ビーグル号に博物学者として5年間の航海に出る。
そしてこの航海が、科学史上・生物学史史上最も重要な航海と呼ばれる。なぜならダーウィンが進化論のアイデアを得、膨大な標本を採取し、後にダーウィニズムと呼ばれる彼の理論を提唱するきっかけとなったからである。
特にガラパゴス諸島で鳥類(詳しくはアトリ科の鳥、フェンチ)の変異を目のあたりにし、これらの少しずつ種類の違う鳥が別々に発生したのではなく、長い時間をかけて1つの種が変化し今に至ったのではないか、と考えるようになった。
生物が住む環境には生物を養う資源(食物、営巣地など)が有限にしかないので、その環境で子孫を残すのに有利な性質を持った種族とそうでない種族とでは、必然的に有利なものが残って繁栄することになる。有利な性質を持っていることを適応していると表現し、適応していることが繁栄につながることを適者生存と表現する。この作用が自然淘汰である。そして地球にアメーバが生まれてから今日に至るまで、種は自然淘汰を繰り返し変化していくのだ、というダーウィニズムを確立した。
そして5年後の航海後イギリスに戻り、『種の起源』を1859年11月24日に出版した。即日売れ切れになったという。
ダーウィンの進化論は宗教界から激しい反発を受けた。なぜならキリスト教の聖書によると、全ての生物は神が創造したもので、ダーウィンの提唱する進化論はこれに真っ向から対立するからである。
ちなみに今でもアメリカ南部のいくつかの州では、進化論を学校で教えていない。
以上、説明は長くなったがどんな偉業を彼が成し遂げてくれたかお分かり頂けただろうか。1877年、ケンブリッジ大学はダーウィンに名誉博士号を贈った。おまけにダーウィンは進化論の他にも、フジツボ、さんご礁、ハト、ミミズの研究でも有名である。
The Home of Charles Darwin, Down House
《住所》Down House, Downe, BR6 7JT, Kent
《Tel》+44 (0)168 985919
《地図》
《開館》April-September: Wed-Sun 1000-1800
October: Wed-Sun 1000-1700
November-March: Wed-Sun 1000-1600
《料金》£6.60
《URL》ここをクリック
《アクセス方法》
Londonから公共交通機関利用の場合:
LONDON CHARING CROSSからORPINGTON まで電車(SOUTH EAST
TRAINS) で約25分。ORPINGTONから、ローカルバス(R2)にて、Downe村まで。(日曜は運休。タクシーの場合、OrpingtonからDowneまでは約6Km)
Londonから車の場合:
London南部、Croydon方向からA232⇒A21。Luxted RoadでA21を外道。
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種の起源
1)ダーウィンの家
2)チャールズ・ロバート・ダーウィン
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