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UK Rock(M〜Z)


T-REX (ティー・レックス)

グラム・ロックのカリスマ、マーク・ボランが率いた70年代に爆発的な人気を誇ったロックバンド。
ティー・レックス
俗に「ボラン・ブギー」と呼ばれるブギーを基調としたロックンロールに銀ラメのスーツ、派手なメイクでデヴィッド・ボウイと共にグラム・ロックの象徴として一時代を築く。

しかしボウイが常に時代を感じ取り、変容を遂げていくのに対しボランは頑なに「ボラン・ブギー」と呼ばれたスタイルを守り通した。そして1977年9月16日、時代はパンクムーブメントが巻き起こる中、恋人が運転する自動車が事故を起こしボランは体中の血管が破裂し壮絶な死を迎える。

享年29歳。そしてボランは以前からこう語っていた「僕は30になる前に体中から血を流し死ぬだろう」・・予言通り彼は30歳の誕生日の2週間前に全身から血を流して死んだ。

しかしながらボランに影響を受けたミュージシャンは数多く、日本でもイエローモンキーがトリビュートアルバムに参加したりX-JAPANが「20TH CENTURY BOY」をカバーしていたりと今現在もボランの音楽は生き続けている。

代表曲
「GET IT ON」
「メタル・グルー」
「テレグラム・サム」
「地下世界のダンディ」など

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OASIS (オアシス)

90年代ブリット・ポップの中心となったバンド
オアシス
第2のビートルズと例えられる事もある。お騒がせ兄弟として有名なノエル・ギャラガー(G&Vo)とリアム・ギャラガー(Vo)が中心の4人編成(デビュー当時は5人)で、メロディアスでキャッチーな楽曲からは想像しにくいがメディアを使った暴言、酔っ払っては警察沙汰、ツアー先では大暴れしホテル側から出入り禁止処分になるなど今どき珍しいロックンロールなお騒がせバンド。

同じ90年代ブリット・ポップの代表格として何かと比較される事が多いBLUR(ブラー)とは犬猿の仲で、何かあるにつけ衝突、その論争は「階級」問題までに発展し社会現象となったのは日本でも有名な話である。

オアシスは1994年4月にファーストシングル
「SUPERSONIC」でデビューし、同曲を含んだファーストアルバム「DEFINITELY MAYBE」(邦題オアシス)は全英1位を獲得するなど新人とは思えない好調なスタートを切る。そしてその後リリースしたシングルは軒並みチャート入りし、95年のセカンド・アルバム「(What's The Story) Morning Glory?」でその人気は不動の物となる。このアルバムはアメリカでも4位にチャートインし、シングルカットされた「WONDERWALL」は翌年のグラミー賞にもノミネートされるほどの大ヒットとなった。

ちなみにこの曲はノエルが前妻であるメグ・マシューズに捧げたラブソングで、彼女との離婚をきっかけに封印宣言、それ以来ライブで歌われる事がなくなっていたが最近はノエル自身がボーカルをとりアコースティックバージョンで歌われている様だ。

昔に比べてやりたい放題の不良バンドは少なくなり、表向きは「優等生」が多くなった今の時代、ふてぶてしい態度で何かと騒動を巻き起こす問題児バンドではあるが彼らはそれだけ生きる事全てにおいて正直なのではないだろうか。

代表曲
「WHATEVER」
「WONDERWALL」
「ROLL WITH IT」
「DON’T LOOK BACK IN ANGER」など

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Queen(クイーン)

― 日本人が見出したスーパースター
オアシス

1971年、イギリスで結成された。オリジナル・メンバーはブライアン・メイ、 ロジャー・テイラー、フレディー・マーキュリー、ジョン・ディーコンの4人。 ハードロック、メタル、オペラ、ポップとそれまでなかったジャンルの融合を試み、ロック 史に残る偉業を成し遂げた。だが、当然、Queenがここまでの偉業を達成するまでの道のり は平坦だったわけではない。

神話学の権威、ジョセフ・キャンベルによれば、偉業を達成するような英雄になるためには、 古来から伝わる英雄にまつわる神話のパターンを経ていかなくてはならないという。それは、数多くの試練を乗り越え、そして、英雄としての確固たる素質を得たのち英雄の称号を与えられるというパターンである。 他の英雄と同様、Queenがスーパースターになるための道のりにも、数々の試練が存在した。彼らのファーストアルバムである、『戦慄の王女/クイーン』リリース当時のクイーンは、ア メリカはもとより、母国イギリスでさえも、「ロックなのに、曲構成が複雑で、サウンドに 小細工が多い」などと、メディアから酷評され、同様にリスナーからも評価が低かった。その後まもなく、彼らに対する、マスメディアからの批判への回答として、セカンドアルバム 『クイーン II』をリリース。一部のマニアには好評だったが、メディアの評価はいっこうに変わらなかった。 そのような逆風を本国で受けながらも、彼らは初来日した。そこで彼らは驚くことに、本国では受けたことのないような熱烈な歓迎を受けた。本国イギリスよりも前に、彼らの音楽性の高さを日本人が評価したのである。 これを機に彼らはスターの階段をグングンと上っていくことになる。彼ら初の世界的シング ルヒットとなる、「キラー・クイーン」(サードアルバム『シアー・ハート・アタック』からのシングルカット)この世界的シングルは、彼らに世界的ロックスターとしての称号を与えた。 とうとう、真の英雄となったのである。

こうして、彼らが世界的ロックスターとなるまでの経緯をみてみると、日本人がとても深くか かわっていることがわかる。76年のアルバム「華麗なるレース」のなかには、このように自分たちのことを最初に評価してくれた日本のファンに対して感謝の気持ちをこめて、このアルバムの日本版にのみ、『手をとりあって(Let Us Cling Together)』を作っている。これは日本語の歌詞の入った曲なのであるが、これほどまでに美しい日本語で、美しいメロディーに載せ て歌った外国人は彼らが最初で最後なのではないかと思う。Queenをまだ聞いたことのない人、 あまり、聞いたことのない人には、是非聞いてもらいたい一曲である。

代表曲
「BOHEMIAN RHAPSODY」
「WE WILL ROCK YOU」
「WE ARE THE CHAMPIONS
「I Was Born To Love You」


Tim&Henry Last updated 2 Dec 2005


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